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リオ・デ・ジャネイロ市Rio de Janeiro、ポルトガル語で"1月の川"。ブラジル発音では「ヒウ・ヂ・ジャネイル」のようになる)は、ブラジルの南東部に位置するリオデジャネイロ州の州都で、ブラジル最大の港湾都市。

なお、一般的にポルトガル語で都市名を読み書きする場合は男性形・女性形の区別はつけないが、リオデジャネイロは必ず男性形(都市名の前にoを最初につける)で呼ばれる(o Rio de Janeiro)。ただし、長距離バスや航空機の行先には単純に「Rio」とのみ略称を使うこともある。

概要

サンパウロ市と並ぶブラジルの経済的、文化的中心。カーニバルで有名。コパカバーナ、イパネマなどの世界的に有名な海岸を有し、世界3大美港の一つに数えられる美しい都市である。

1960年にブラジリアに遷都するまではブラジルの首都であった。また、1808年にナポレオンに本国領土を奪われたポルトガル王室が遷都してからブラジルが独立するまでは、ポルトガルの首都であった。また、中南米有数の貿易港でもあるためにブラジルの経済的な中心地でもあったが、近年はその地位が低下しているものの、依然としてブラジルのみならず世界でも有数の観光地として、ショーロ・サンバ・ボサ・ノヴァを生んだ音楽の都としても名高い。人口は約800万人である。

 

歴史

  • 1502年 ポルトガル人探検家ガスパール・デ・レモス発見
  • 1565年 リオ・デ・ジャネイロ市創設
  • 1764年 ブラジル植民地首府となる
  • 1808年 ポルトガル宮廷、ナポレオン軍を逃れてリオに移転。リオがポルトガルの首都となる
  • 1821年 ポルトガル宮廷、リスボン帰還
  • 1822年 ブラジル独立、ブラジル帝国首都に
  • 1889年 ブラジル共和国首都
  • 1960年 ブラジリア遷都、一つだけ都市のある新グアナバラ州の州都になる。
  • 1975年 グアナバラ州とリオデジャネイロ州が合併、二テロイ市にかわって州都になる。

地域

セントロ地区 セントロ地区はリオの歴史的中心部であり、また現在でも経済的中心でもある。

南地区 有名なコパカバーナ、イパネマ海岸を有する観光地。 イパネマ海岸はリオで生まれた音楽ボサノバの名曲イパネマの娘の舞台としても有名である。

北地区 工業地区。サッカーで有名なマラカナン競技場がある。

バラ・ダ・チジュカ地区

ファヴェラ地区 地域の名前ではなく、不法に立てられた貧民街を「ファヴェラ」と呼ぶ。映画『シティ・オブ・ゴッド』( 2002年)の舞台となった。

交通

市内


リオデジャネイロ市内やその近郊には、バスと地下鉄、そして路面電車の路線網が張り巡らされており、また、比較的安価な価格で利用できるタクシーもポピュラーな移動手段である。ちなみに地下鉄には女性専用車も設置されている。

市外

他の都市との移動は、高速道路を使った長距離バスや、市内に2つある空港—主に国内線向けのサントス・デュモン空港と、主に国際線向けのリオデジャネイロ国際空港からの旅客機での移動が主流である。

特に市内のサントス・デュモン空港とブラジル最大の都市であるサンパウロ市内のコンゴニャス国際空港との間には、「ポンチ・アエレア」(空の架け橋)と呼ばれるシャトル便が就航しており、世界でも有数の搭乗者数を誇る路線となっている。所要時間はサンパウロまで車・バスで6時間、航空機で1時間弱かかる。

長距離バスの便数も多い。特にサンパウロ・チエテバスターミナルとの便はバス会社3社(Itapemirim, Cometa, Expresso Brasileiro)が同区間を別々に運行している。サンパウロだけでなく、ニテロイ接続のサンパウロ行きや、ベロオリゾンテ行きの便も多い。

また、リオデジャネイロ港は世界3大美港の一つでもあり、ブラジルでも最大級の港湾設備を有している。そのため近隣都市、島嶼とのフェリーの運行も頻繁に行われている。

なお、近年までヴァリグ・ブラジル航空によって成田空港からロサンゼルス、サンパウロ経由の直行便が運行されていたが、ヴァリグ・ブラジル航空の経営状況の悪化に伴い廃止された。1980年代までは日本航空も直行便を運行していた。

カーニバル

ポルトガル語でカルナヴァル(Carnaval)。カトリックの謝肉祭のことで、カーニバル自体は世界各国のカトリック文化圏で行われている他、ブラジル各地でも行われている。リオのカーニバルは派手で規模が大きいので特に有名で、開催時期は世界各国からの観光客を集める。

復活祭(イースター)を基準に太陰暦で日程を決めるため毎年開催日程は変動するが、だいたい2月頃になることが多い。華やかな衣装を身に着け、サンバのステップを踏み、太鼓などの楽器を鳴らしながら行進する。4日間行われ、開催中は世界各国から見物客が集まる。この行進するサンバチームはエスコーラ・ヂ・サンバ(Escola de Samba、サンバの学校)と呼ばれ、リオ市や隣接する他の市に点在する地域を代表するサンバのコミュニティー。パレードはコンテスト形式になっており審査が行われる。ポルテーラ、マンゲイラ、インペリオ・セハーノ、サウゲイロ、ヴィラ・イザベウ、ウニードス・ダ・チジュッカ、ウニアォン・ダ・イーリャなどが歴史的なサンバの名手(Sambista)や名曲を生んだエスコーラ・ヂ・サンバである。他にも沢山のエスコーラ・ヂ・サンバが存在する。今日、世界に誇るリオ各地域の市民による手作り文化の結晶として光り輝いている。

リオのカーニバルは1959年公開のブラジル・フランス合作映画「黒いオルフェ」の背景舞台にもなっており、開催前の人々の準備ぶりや浮かれ具合、当時のカーニバルの様子などうかがい知ることができる。オルフェウ率いる架空のエスコーラ・ヂ・サンバもあれば、本物のカルトーラ夫妻やポルテーラ、マンゲイラ、インペリオ・セハーノもチラリと登場する。1999年公開の黒いオルフェは現在のリオを窺い知ることが出来る作品。リオのカーニバルのトップリーグ、Grupo Especialに出場するエスコーラ・ヂ・サンバのパレードテーマ曲集は毎年日本の輸入盤扱いのある大型CDストアでも手に入れることが出来る。カーニバル後にはその年の模様を収めたVHS(近年ではDVD)も発売されている。

スポーツ

サッカー

CRヴァスコ・ダ・ガマやフラメンゴ、フルミネンセ、ボタフォゴなどの名門サッカーチームの本拠地として有名で、これらのクラブは多くのクラッキ(名選手)・ジョガドール(サッカー選手)を輩出してきた。近年ではロナウド、アドリアーノなどがリオ出身のクラッキとして有名である。

また、世界最大のサッカースタジアムで、1950年のサッカーワールドカップ・ブラジル大会の決勝戦が行われたマラカナン・スタジアムがある。

他のスポーツ

1989年までフォーミュラ1選手権が郊外のネルソン・ピケ・サーキットで行われていた他、各種マリンスポーツやハンググライダーなどが盛んに行われている。

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